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身体との会話・性欲の考察

4月末、姉の結婚式でLAまで飛んではしゃぎまわり、
5月頭、相方のアメリカ訪問期間につき遊び回っておりました。

おかげで5月後半は、遊び回っていた分を取り返すべくの
必死で毎日クラスにしがみついているうちに、あっという間の6月。

PCがフリーズして動かなくなり、
放置していれば機嫌も直るだろう→ 一向に直らずようやく修理に出す。
結局1ヶ月以上PCなし生活を送ったものの、さほど不便も感じず。
働いていない人間はお気楽なもんだなァ・・・などと鼻をほじり。

身体のことでいえば、三十路手前の老体に鞭打って、
10日間ほど休まず連日平均8時間のトレーニングを敢行した結果、
左足首のアキレス腱があっけなく炎症を起こしました。

使い過ぎによる炎症だったようで、3日ほど安静にしていたら直りましたが。
どれくらい以上やったらダメか、という限界を知る意味では
良い勉強になりました。

常に、身体と会話することを軽んじてはいけない。

ところで、「身体と会話」するうえで私の場合、
色々なバロメーターがある中で、その中のひとつに
「性欲」というものがあるわけなのだが。

人の性欲というものは、年齢によって推移すると言われていますが、
仮に年齢を無視して、成人男女の健全な性欲度が0~10のうち、
平均して例えば5だったとするならば、
私の場合、だいたいにおいて7か8くらいはあり、
どちらかといえば「性欲がつよい」ほうだろうと自覚していました。

しかし、何だかNYに来て連日ダンストレーニングに耽るうち、ふと気づく。
「あれ、なんか・・・性欲があんまりなくなっている??!」

ともすると、すっかり忘れ去って何日も経っている。
こんなことは、今まであまりなかった。むむ。

毎日アスリート並みに身体エネルギーを循環させまくっていると、
余剰エネルギーを持て余すことがないからだろうか??
それとも、単純に年を取ったのか。いやいや、まだギリ20代。

などと思いを巡らせるうちに、
この身体変化は何やら興味深いことではないかと思い至りました。

もともと性欲を抑圧するような性質でもなく、むしろ
「性欲は健全!解放すべし!」を推進する人間なので、
目に見えて性欲が低くなる、というのは何かのサインだと思いました。

随分前にこのブログで、
「ありのままのセクシュアリティを受け入れて、解放するには?」
みたいな内容の記事を書きましたが、その問いかけに対する答えが、
まだ具体的に出ていなかったことを思い出しました。

最近学校に通いながら、
“『ありのままの自分を受け入れる』というのは言葉で言うのは簡単だけど、
自分の能力がどうしても望むレベルに実質的に到達しない場合に、
それでも『ありのままに受け入れる』なんていうのは簡単ではない。
それができてりゃ世話ないわ。コノヤロー。”
という本音がずっとあることにも気づきながら、だけど進むには、
「受け入れ続けるしか、ないんだよな」ということもわかっていて。

それと性欲が何の関係あるのさ?!という感じなのだが、なぜか私にとって
性欲というものが、「単に脳と性器周辺だけで感じる何か」であった時期が
終わったのではないか?という感じがしたのです。

「セクシュアリティというものを、ハートとつなげて、
『全面的に自分を愛する』賛美として、受け入れるか?
そのエネルギーを祝福し、楽しむ勇気があるか?」

という質問に、正面から向き合うべき時が来たというか。

この問いかけは、実はかなりずっと前から自分の中にありました。
しかし、長いこと準備が整わず、ずーーっと保留になっていたもの。

脳と性器で感じるのと、ハートと全身とスピリットで感じるのと、
何が違うのか?明確な違いが分からなかったというのもあります。

やっと今、それらを学ぶ準備と意欲があることが感じられるようになり、
NYという街だからこその出会いが降ってきました。

→続きます。


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