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踊ることは脱ぐこと



舞踊家の田中泯さんのパフォーマンスを、テレビのドキュメンタリーで見た。
彼の身体表現には、非常に引き込まれるものがあった。

田中泯さんの言葉に
「踊り」と「演技」にひとつ違いがあるとすれば、
「演じること」は「着ること」、
「踊ること」は「脱ぐこと」。


というのがあり、これを聞いたとき、
なぜ私が踊ることを選んでいるのか?腑に落ちる思いがした。

別に私には露出趣味はないのだがww、大学時代くらいから、
無駄なものを身につけることや、余計な装飾をすること、
いわゆる“着る”ということに、急速に興味を失っていった。

人間は丸裸になれば、皆似たような容姿をしていて、
ただ私たち1人1人の固有の魂にユニークな違いがあるのは、
よく見ようとしなければ分からない、目に見えない場所にしかない。
だから、わざわざ着飾ることに、果たして意味はあるのか。。と思っていた。

踊っているとき、すごく無防備な感じがするので、怖いと思うことはある。
服を着ていても、その時の心理状態、コンディション、
全てさらけ出てしまうのがわかるからだ。

なにもかも、見透かされてしまう、一種の心地悪さがある。
自分が人からどう見られるのかを気にしながら踊ったあとで、
ひどく虚無的な気分に陥ることもある。

しかし、それでもやはり、私は踊ることを選択してしまう。

なぜなら、踊ることを通して、身体や本能、ハートを通してしか、
コミュニケーションすることのできない、原始的な何かが、
常に私の中にあり、それが私の本質だからだと思う。

その「言葉にはならない原始的ななにか」を、
無理にでも言葉にしようともがいたり、
誰かに理解してもらおうと、もがいたこともあったが、
NYで過ごした7ヶ月間を経て、今思うのは、
「この本質は確かに私のものであり、私が大切にすべきものだ」ということ。

「人に理解してもらいたい」という欲求は、
自分が自分を信頼し切れていないときに生まれる。

NY滞在はいってみれば、
「ずっと疑っていたこと」の真偽を確かめるための時間だった。
本当にこれは私なのか?間違いではないのか?という疑いは、やっと晴れた。

自分を「脱いで」、人にぶつかっていくことは勇気がいるけれど、
私はなるべく真実に近い形で、自分自身を与えていきたいと思う。





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