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健全なセクシュアリティ&お金との関係

地球人の永遠のテーマ。

セクシュアリティとお金、この2つはとても大事です。

セクシュアリティやお金のことを語るのに、
“健全な”という前置きの形容詞が必要になってしまうのが、
そもそもの人類の悲劇だと思っています。

どちらも本来はとても健全で、純粋なものなのに、
なぜか本来の姿を誤認され、誤用されまくっているという点で、
この2つはよく似ていると思います。

長い人類の歴史上、あらゆる場面で必要以上に崇められたり、
またその逆に蔑まれたりするうちに、勘違いが勘違いを生み・・・。

そのうち大半の人にとって、お金やセクシュアリティのことを
本来の姿そのままに見ることが難しくなってしまったのだと思います。

セクシュアリティやお金にまつわる罪悪感や恥の概念は、
そういうことを公の場で話すことすら社会的タブーとして抑圧してきました。

タブーとして抑圧しておけば、罪悪感や恥を感じなくて済むからです。

でも本来、セクシュアリティは生命エネルギーそのもの。
まさに“赤ちゃんってどうやったらできるの?”という
純真無垢な質問への答えが現わしているとおり。

セクシュアリティは命への賛美。

そしてお金は喜びと感謝が具現化したもの。
お金を通して得られる喜びと“ありがとう”という感謝を
ただデリバリーし合ってる媒体エネルギー。

だからお金は愛そのもの。

それがどうして、感じる必要もない罪悪感や恥を煽ってしまうのか。

その正体こそ、私を含む人類最大の勘違いが巻き起こしている、
全世界的な勘違いスパイラルに帰結すると思います。

勘違いスパイラル、というシニカルかつシュールな漫画でも描けそうなくらいです。

さっきウェブニュースで話題になっていた
“NHKの番組に最近「性」に踏み込んだ内容が目立ち、賛否両論を呼んでいる”
“朝からセックスの話は見たくないなどの批判もあり”
というトピックを見てそんなことを思い出しました。

朝からセックスの話は見たくないなんて、夜ならいいんでしょうかね(笑)

しかしきっとその通りなんでしょう。
非常に興味深いです。

朝というのは、全てに光を当て、日の目にさらします。
どんなにタブー的立場を死守したくても、朝日に当たれば隠れることができません。

この話題は人々に、
どれくらい自分は自分のセクシュアリティを抑圧しているか?
またお金に関してどれくらい制限された観念を持っているか?

改めて問いかける良いきっかけになっている気がします。

じゃあ、ありのままのセクシュアリティを受け入れて、解放するにはどうすればいいか?
実はこれこそ、私の今年の研究テーマでもあったりなかったり。(どっちだよ

次の機会に続きを書いていきたいと思います。


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